2013
08.19

自由時間

Category: だめだめ
極私的な自由時間が欲しかったら、欲しい時間の倍以上の時間を家族や自分を支えてくれる人のために使いなさい。

昔、パソコン通信が全盛だった時代、NIFTY-ServeのFCAR(自動車フォーラム)のSysopさんから貰った言葉なのですが、今でもずっと記憶に残っています。

要するに思いやりとバランスなんだろうと思いますが、今でも…と言うか今でこそ「まったくその通りやな」と思って(考えて)います。以下に述べる話は、この事が大前提になっています。


ロードバイクに乗って坂道ポタリングに行くことが家族のためになるのであれば、それ以外に自分だけの為の時間を持っても良いのかもしれません。しかしながら、まったくそうではないので、週に1度・半日程度をロードバイクを楽しむ時間にするのであれば(と言うか、いまのところそうしたいので)、週末の(土)(日)のうちの「自分だけの時間」は、もうそれだけで目一杯なんですね。

なので、「さらに、楽器を楽しむ時間も持つ」というのは、自分的にはまったく余裕が無いな、という感じなのであります。

自分独りで楽器演奏を楽しむならもしかしたらやれるのかもしれませんが、幾人か集まってスタジオに入って練習するとかいう事になれば、これはもう本当に余裕が無いです。フィジカル(時間的/経済的)に余裕が無い上に、メンタルにも余裕が無い感じです。

2時間程度のスタジオ練習としても移動時間等全部ひっくるめたら、最低でも半日ほどの時間が必要かと思います。そうすると、それだけで週末の「自分だけの為の時間」が終わってしまうことになります。

「複数人が集まらなければ楽しめない事」というのは、ある特定の時間/場所に縛られるという制約が生じるという事であって、この点でも「気軽に楽しむ」ということの難しさを強く感じます。

会社に入ってから何度か、会社のクリスマスパーティ等にバンドで出演する機会があって、平日夜にスタジオに入って練習したことが何度もあるのですが、仕事の都合を優先せざる得ない場合があったり、きちんと時間通りにメンバが揃ってちゃんと練習をする、というのはとても難しかったのを覚えています。

バンドでの練習は「メンバが欠ける」というのは、その面白さを強烈に減退させてしまいます。意識する/しないにかかわらず「欠けたらあかん」「必ず行かんとあかん」という強制力(aka 強迫観念)がある、という事でもあります。

以上のようなことが全身/全臓器に刷り込まれてしまっている、というコンテキストの元に於いては、

 楽器やりましょうよ
 バンドやりましょうよ
 スタジオで練習しましょうよ

と、お誘いをいただいている事は大変嬉しくありがたいとも思うのですけど、なかなか気軽には考えられないのですね。


この先まだしばらくは、平日は会社で仕事、休日は週末の土日が基本、という生活が続く予定で、そういう中にあって「全体余暇時間の中での自分の自由時間の使い方」については、やはり「自分の自由裁量を確保しておきたいな」という気持ちが強いです。「週にたった半日しか無い自由時間を、自分の自由に使いたいな」と。


将来に「みんなで楽しく楽器を演奏する/バンドで演奏をする」というような事が、もしもあるとすれば、

 なんだかんだ言ってて、独りこっそり楽器の練習をしてやがった
 たまたま人が集まった場所に、偶然にも楽器が揃っていた
 たまたま集まった人たちが、各楽器パートを演奏できた
 さらに偶然にも、たまたま集まった人たちで共通に演奏できる曲があった
 じゃぁ、ちょっとお遊びで合わせてみましょーか

というような「偶然てんこ盛り」なシチュエーションでしかあり得ないように思います。


今の生活の中に「空きスペース」があり、それに綺麗にハマる事であれば特に問題は無いのだろうと思いますけど、何かをするために「空きスペースを作らんとあかん」ような事は、それを始める勇気がなかなか出てまいりません。

限られた時間の中で空きスペースを作るには、結局、何かを削らなければなりません。その「削る何か」を今は考えたくないです。


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